だめんず夢二と3人の女性たち
2017-09-28
小松絵画教室 暇つぶしの美学
前回は『ピカソと7人の女性』というテーマでした。
正直、書いているのがちょっと辛かったです…。
今回は日本人編で書いていきたいと思います。
昔の日本人画家は常に日々精進という精神があってか
はたまた、日本人の生真面目さ故なのか
外国ほど、スキャンダラスな人は少ないように思います。
でもやっぱり、いますね。
とっても有名な方が。
私自身も大好きな画家の一人で
そして日本でも今もファンの人は多いであろうこの画家。
今回は
『竹久夢二と3人の女性』について書いていきます。
●気弱で女好きな画家、夢二

竹久夢二
本名は竹久茂次郎。岡山県生まれの洋画家。
夢二はあまり〝洋画家″というイメージはないように思います。
もともと詩人を目指していましたが、食べてゆけず
生活のために始めた挿絵が仕事になっていきました。
やはり、イラストレーターや、デザイナーという肩書のほうが
とてもしっくりきます。
しかし夢二の感性や美意識などは
イラストレーターというより、
やはり〝画家″という感じがします。
しかし、画家のような〝お高級な特別感″ではなく
柔らかい表現で、誰にでも親しみやすく、それでいて上品。
こういう絵を生み出すことは
なかなかできるものではありません。
そんな彼の人生に影響を与えた3人の女性がいます。
●年上の勝気な妻 たまき

本名は岸他万喜
一度結婚しており、二児の母で夫とは死別していました。
自立の為、上京し「つるや」というお店を始めます。
そこに毎日通い詰めたのが、夢二。
なんと2か月後には二人は結婚します。
そして2年後、離婚してしまいます。
店を営み勝気で自立したたまきと
気弱で夢見がちな女好きの夢二
正反対な二人はうまくいかなかったようです。
うまくいかなかったというわりに
二人は離婚、再び同棲、また別居…
という生活を数年間を繰り返します。
しかし、たまきの前の夫が画家であったこともあり
彼女が夢二に様々な影響を与えていたといわれています。
夢二がたまきと画学生の仲を疑い、
たまきの腕を夢二が刺し、絶縁になった
という恐ろしい情報がありました。
ですが、たまきは後に夢二のデザインした小物の店を開いたり
結核療養中の夢二を見舞ったり
生涯、夢二を慕う心があったそうです。
●最愛の恋人 彦乃

私は浮気に関してはもちろん反対ですが
夢二と彦乃の話は何故かとても好きです。
笠井彦乃は裕福な日本橋の紙問屋の娘で
夢二のファンでたまきの店に出入りしていた
美術学校の画学生でした。
そうして夢二と彦乃は出会い、恋に落ちるのですが
離婚したばかりの中年画家と
十八歳の箱入り娘との恋は
やはり許されるものではありませんでした。
しかし、恋に燃える夢二は
「人目を気にすることなく愛する彦乃を描きたい」
彦乃を親元から連れ出し
二人は京都で暮らし始めます。
夢二は京都で何枚も彦乃をモデルに絵を描きます。
その中の一枚
夢二の代表作であり、夢二式美人の最高傑作
《黒船屋》は
彦乃がモデルといわれています。

竹久夢二 《黒船屋》
しかし、幸せな二人の時間は長くありませんでした。
彦乃はすでに結核を病んでいたのです。
九州へ行った夢二を追って
湯桶温泉に滞在していた後のことでした。
彦乃の父親は彼女を連れ戻し、その後入院。
夢二は面会も許されることなく
彦乃は25歳の短い生涯を閉じるのです。
のちに夢二が書いた小説『秘薬紫雪』のラストシーンでは
湯桶温泉が舞台であり
二人が愛を誓いあうという話で終わります。
言うまでもなく、この二人は夢二と彦乃がモデルです。
●モデルの愛人 お葉

彦乃の死からほどなくして、
彼女の変わりにポージングのモデルとなった女性がいました。
それが3人目の女性
お葉こと、佐々木カ子ヨ(かねよ)です。
「絶世の美女」とうたわれた彼女は
日本のモデルの草分け的な存在でもありました。
彦乃を失い絵を描けなくなった夢二に
友人たちが紹介したのがこのお葉。
夢二の理想の立ち居振る舞いができる彼女に
夢二は次第に惹かれていきます。
描き描かれるうちに、二人は恋に落ちます。
後に同棲を始める二人ですが
お葉は夢二だけのモデルだけではなく
伊藤晴雨など様々な画家のモデルでもありました。
次第に夢二は、お葉に疑いの目を向け始め
だんだん彼女を試すように家を留守にするようになります。
夢二はいまだ彦乃の面影を追い求め
心もいつまでも彦乃のものであることを知っていたお葉は
悩み、自殺未遂まではかるようになります。
一度はお葉が療養の為、二人は距離を置いたのですが
お葉はもう一度夢二のもとに帰ります。
しかし、お葉の苦悩は取り去られることはなく
彼女は夢二との別れを決意します。
のちに彦乃のことを
「死んだ人には永遠に敵わないものね」
と言った話が、本当に強く印象に残っています。
対して夢二の当時の日記には
「女を愛することを知らない。女に溺れることだけ」
と書かれています。
大正から昭和へと時代が変わっていくなか
夢二は結核でこの世を去ります。
49歳という若さでした。
いかがでしたでしょうか。
美談にしたいところですが
この夢二の女々しさたるや…。
気持ちは痛いほどわかりますが。
ちなみに名前の【夢二】というのは
民衆が主役となる
新しい時代の詩人を夢見て
夢二としたそうです。
ま、いつの時代も
才能のあるだめんずはモテるということで
今回はこの辺で失礼します。
ここまでお読み頂き、本当にありがとうございました!
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