男のなかのクズ!ピカソと7人の女性

2017-09-27

 
 小松絵画教室 暇つぶしの美学



芸術家と女性たちのストーリーは何故こんなにも多いのか…。
芸術家の中でも、画家は抜きん出て多いです。


ネタになるので、こちらはとても助かるのですが
知れば知るほど、自分でも「画家というのはホントに…」と
思わずにはいられません。




しかし、呆れると同時に、やはり一つ思うとこがあります。


職業がなんであれ、人間的魅力がすごかったんだなと。
賢い女性から、恋に生きる女性まで
虜にしてしまう何か…。



今回のテーマは、〝二十世紀の巨匠パブロ・ピカソ″

『ピカソと7人の女性たち』のお話です。







●意外と知らないピカソのすごさ

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私の大好きなロベール・ドアノーが撮影した、ピカソ

パブロ・ピカソ
彼の名前を知らないという人はあまりいないでしょう。

名前を知らなくても、《ゲルニカ》という作品はご存知と思います。



現代美術を先駆者でもある彼の作品数
4万5000点といわれています。

絵画だけでなく、彫刻、陶器、スケッチ、版画など
幅広いジャンルで作品を残しています。
意外にも版画作品が3万点と一番多いのも驚きです。



そんなすごい人ですが



男性としては、




ものすごいクズでした。







●最初の恋人、オリヴィエとの出会い


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ある夏の夕方、激しい夕立に降られ
アパートの軒下に飛び込んできた少女

それが最初の恋人フェルナンド・オリヴィエでした。

出会った二人はすぐに恋に落ちてしまいます。


ここまで読むと、まるで
運命の出会い





かと思われるのですが、
実は彼女は人妻

まだ序の口ですから大丈夫ですよ!





この頃はピカソが一番貧しかった【青の時代】

そんな中彼女に出会い、彼女の献身的な愛をうけ
ピカソの才能が開花し、世間からも認められます。

それが【青の時代】から【バラの時代】といわれる時期です。


しかしそんな彼女との生活は7年で終わりを告げます。

その理由は…







●2人目の恋人、エヴァ・グエル

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はい。


その理由は、オリヴィエの友人だった

エヴァ・グエルに手を出したからです。




あと5人います、是非お付き合い下さい。


ピカソはエヴァを当時最先端である

キュビスムという手法で描いています。

彼女を描いた絵の下には
「MAJOLIe(マ・ジョリ)」(=フランス語で私のかわいい人)
と残すほど愛していたようです。

しかし病弱だったエヴァはほどなくして結核でこの世を去ります。







●3人目 最初の妻オルガ


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ついにピカソは3人目の恋人と結婚します。
それがオルガ・コクローヴァ。

庶民的なピカソに対し、オルガは上流社会的な気質でした。


今まで最先端である
キュビスムという手法で描いていましたが
オルガの時代は古典主義な画風にに戻ります。

それは彼女が
「私を描くときは、私とわかるように描くこと」

とピカソに言ったとこは有名な話です。



やがて息子が生まれましたが次第に夫婦の仲は疎遠になっていきます。




そんなピカソがとった行動とは…








●4人目の女性 マリー・テレーズ


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愛人を作るんですね。

このマリー・テレーズ
ピカソが「運命のモデル」と言った17歳の少女でした。


しかも出会いはなんとナンパ。

街でマリーを見かけたピカソは
「君を描かせてくれ。私はピカソだ」と言ったのです。

マリーのその肉体の美しさは
画家として第一線で活躍していた彼を虜にし
ピカソの画風もさらに進化していきます。

今もピカソに最も創造的なインスピレーションを与えた女性と
いわれています。



8年後マリーは身ごもり
ピカソはオルガのもとを離れ、彼女と暮らし始めます。

しかし、母となった彼女の肉体は
創作意欲を刺激することはなくなり
彼は次第に興味を失っていきます。

ちなみに、このマリーはピカソの亡くなった時
死後もピカソを守らなければならないと自殺します。
彼女にとってはピカソは紛れもなく
『運命の人』であったのですね。




●5人目の女性 ドラ・マール


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ドラ・マールはカメラマンで画家でもありました。
ピカソと芸術を論じることができるほど賢い女性でした。

この妻オルガ、マリー、ドラとの四角関係であった時
生まれた有名な作品があります。

それが
《泣く女》です。


この作品はドラをモデルにしていて
彼女の爆発するような激しい内面へと
力強くせまった絵であるが
この作品はドラ個人を超えて、より大きなテーマへと発展していきます。

1936年 【ファシズムの狂気との戦いを取る時代】で
ピカソが描き上げたもの


《ゲルニカ》の誕生です。


《ゲルニカ》にも登場する《泣く女》は

悲劇の時代の象徴となります。



ドラと過ごした時代の作品は
彼の生涯で最も強いメッセージ性があるといわれています。




●6人目の女性 フランソワーズ・ジロー


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戦後、63歳のピカソは再び恋に落ちます。

相手はフランソワーズ・ジローという
21歳の画学生でした。

ピカソは彼女をこう表現しています。
「人間は誰でも動物に似ているものだが、君は違う。植物だ」

やがて二人の間には二人の子供が生まれます。

この時期のピカソの絵は非常に優しい線で描かれています。
激動の時代を生きてきた中の
唯一の安らぎの時間でありました。


そして生涯幸せに暮らしましたとさ…



と終われれば良いのでしょうが








あなたはお気づきでしょうか?
ここまでの中で一度として、
『~と別れて』
という表現がないことを…。


そうです。

ドラ・マールはもうこの時期身を引いていましたが


なんと






他の女性たちとはまだ続いているのです。
現時点でまだオルガは妻ですしね。


すごい…
すごいぞ、ピカソ…






そんな複雑な男女関係が続くなか


7年後、フランソワーズは彼に告げます。


「あなたのような歴史的記念碑とは、
もうこれ以上生活を共にしたくない」
と。




そんな彼女にピカソはこう言い放ちます。


「私ほど有名で金持ちの男から去るというのか、信じられん!」


もちろんフランソワーズは子供とともに去り
ピカソは人生はじめての失恋をします。


その後彼はあまりのショックで
フランスの古城を買い取り、引きこもります。





●ピカソ最後の妻 ジャクリーヌ・ロック


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ここまでお付き合い頂き、ありがとうございます。
やっと最後です。


ピカソ72歳。
この引きこもりの時期に身の回りの世話をしていたのが
ジャクリーヌでした。

彼女は子持ちのバツイチ。
やはり彼女も才色兼備な女性でした。


晩年は『古典的な作家の再解釈』に向かったピカソ。

そんなアトリエの中のピカソを最後まで守り続けました。

二人は8年間共に暮らした後
結婚します。




晩年も変わらず多くの作品を制作し続け
そして1973年4月
ピカソはこの世を去ります。




ジャクリーヌはこの後も住み続け
ピカソの莫大な財産の問題を処理し続けました。




そしてピカソの死後13年後
ジャクリーヌはピカソの墓の前で自ら命を絶ちます。









いかがでしたでしょうか。



こんな最後にするつもりはなかったのですが
なんとも悲しい結末ですね。








少し真面目な話、

やはりこの世は因果や因縁というものがあって

悪因をつくってしまうと
本人が全責任を取るならばまだしも

その悪因が解消されるその日まで

永遠に

末代まで続いていきます。


なぜならば
彼が関係した女性たち、そして子孫たちは

悲劇的な最期を迎えていくのです。



自分の行いというのは
それほど大事なんですね。

今の時代、またそれを考えていかなければ
いけないのではないでしょうか。

生きているうち
一つでも多くの良い行いをしていきたいですね。




ここまで読んで頂いて、本当にありがとうございました。
次回をまた、お楽しみに!




 


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